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アタチュルクの描いた国 トルコへ 魚の暗号⑧

2013-02-17 Sun : 旅行こと 

アジアとヨーロッパの交差点

ローマ帝国遺跡の残る
エフェソスの見学が始まります



687 三匹の猫 (2) 
チケット売場の付近で寝そべっていた3匹の猫がいいました。
欧州人達の来ないこの寒い季節に好き好んで来るのは、日本人と韓国人
位だよね、だから。ホテルも観光地も国も喜んでいるんだね

そういえばホテルも休憩所も観光地も行くところ全個所
トラピ、、とかクラブ、、とか旅物、、とかおなじみの
ワッペンだらけでしたね。私たちもそうだけど、、、
いいじゃないの~
国際親善に役立つなら~ね。
012エフェソスのチケット 

このチケットで又入ります。透かしが違っています。
右は出口付近のお土産屋さんで
19リラで買いました

私たちの第三回目の
古代最高の遺蹟の
見学の始まりです
【ここも世界遺産に登録なし】
 
このエフェソスは、世界屈指クラスのローマ遺跡と言われています。 
 

1無題トルコ遺跡

  

耳を澄ましてごらん、、、
あの頃の人たちのざわめきが
聞こえてくるでしょう!!!


って猫は耳を傾けながら言いました


694 - 遺跡の猫 (2) 
ベルガマと共に
「エーゲ海の二つの薔薇」と呼ばれた。
エフェソス遺跡

地中海沿岸諸国を属州化したローマ帝国時代の地図無題ローマ帝国の地図

(資料転写)

近辺は今のエルサレム

まずこの地図でその時代を把握しましょう

遺跡見学をする前に、入場してすぐにガイドのフセイン氏は指で示して、、、

033 マリアの家の説明     
 

聖母マリア様の家
住み家がここから7キロ離れたところにありますよ!!
と南の方を指を指しながら説明してくれた。

無題マリア住みか


聖母マリア様はキリストの死に傷つき、深い悲しみを背負ったままさまよい、聖ヨハネとともにエフェソスを訪れた。

そしてオリーブの茂るパナヤカプルの丘にたどり着き、小さな小屋を建て、そこで余生を送ったとの説明。  


無題聖母マリア様

19世紀になって、ドイツの有名な神秘家K.エムリックが神の声を聞いたことをきっかけに、聖母マリアの家とその墓の位置を予言した。

発掘調査を行った結果、予言の通り、オリーブの茂る丘に、1世紀に建てられた建物の名残とともに、暖炉の聖なる灰が発見されたとの説明を受ける。無題聖母マリアの家祭壇

次にくるっと回って、北の方を指しました。

セルチェクの市内に聖ヨハネ聖堂院もあり、聖ヨハネのお墓もあります。
無題ヨハネ1

  

聖ヨハネは、キリストの死後、キリストの生涯と教えを福音書にき残し、エフェソスにおいて95歳で永眠しました。へー長生きしたんだね!!
03ヨハネ教会
 

教会は、紀元後6世紀に、聖ヨハネの墓のある小さな聖堂跡にローマ教皇ユスティニアヌスと

皇后テオドラにより建立された。現在見ることができるのは、壁・円柱・床のモザイク画だけである 。との事であるそうです。
10ヨハネの墓 

6世紀に皇帝ユスティニアヌスは、ヨハネの聖堂を大々的に建て直しました。この建物は、長さ110メートル、幅60メートルの十字架形の建物で、屋根は6つの小さなドームになっていた。それじぁビザンチン建築だよね、ありえるのかな??

無題ヨハネ教会想像図

 
(上七枚の写真転写)

聖母マリア様と聖ヨハネが一緒にともにこの町で、余生を送ったと説明を受ける。今のここが実在した本当の場所なんだと思うと、凄すぎる感動とロマンですよね。

 
そして、次は文字に刻まれた白い大理石を紫色の傘の先で説明をするのだった。
無題サカナ

697 イエスキリスト2 (2)
イクトゥス(ギリシヤ文字=魚: ΙΧΘΥΣ) は、弧をなす2本の線を交差させてサカナを横から見た形と魚の文字でさかなの意味をあらわしながら。???本当の意味は、???、、それは魚ではないですよ。との説明

697 イエスキリスト2 (2)

無題さかな2
この文字は頭文字の隠語だそうです。
『ΙΧΘΥΣ:イクトゥス 』=魚(ギリシャ文字)
を意味しますが
本当の意味は

イエスへの信仰を表すギリシャ文字だそうです。
Ι = ΙΗΣΟΥΣ イエス
Χ = ΧΡΙΣΤΟΣ
キリスト
Θ = ΘΕΟΥ
神の
Υ = ΥΙΟΣ
Σ = ΣΩΤΗΡ 救い主 
と記してあるとの説明を受ける
「救い主である神の子イエスキリスト」の意味 です。
この説明を受けてやっと解りました。

次の説明に入ります。
この丸に対角線の意味!!!
その当時における使い方
696 -イエスキリスト1
  
   
    次の説明は隠れクリスチャン同士の暗号
日本の江戸時代みたいですね。

隠れシンボルとして次のように用いられたといわれる。まず、一人の人間が明らかにランダムな直線や曲線を砂の上に描き、その線のうち一本を円弧にする (イクトゥスの半分) 。もし、もう一人が地面に線を何本か描き足す中でイクトゥスの形を完成させれば、二人はお互いがキリスト教徒であると確認することができた。との説明でした。
ミラノ勅令以前のキリスト教徒は、迫害や処刑されるおそれがあったため信仰を公にすることができなかったとの事。
無題コンスティヌス一世 
   はじめてキリスト教を公認した 皇帝
313年コンタンチィヌス一世 が「ミラノ勅令」を発布。特にキリスト教を挙げつつ他のすべての宗教と共にこれを公認した。
こんなに細かい説明してくださるガイドさん!!大変勉強になりました。歴史上に存在していた人々と同じ場所に立っている事に感動致しました。
 
 

313年に飛んでしまったので、ズート昔の紀元前に軌道修正します。


エフェソスの街の成り立ち

エフェソスは女性戦士で名高いアマゾネスにより建設されたと説明を聞く。無題アマゾネス3(資料転写) 
子供に弓矢を教えるときには、弓を射る妨げにならぬように 右の乳房を切り取ったことからその名がある。すなわち、アマゾネスの単数形アマゾンとは、乳房(マゾン)がない(アは欠如を示す)という意味である。武勇に長け、彼女らの優れた弓術は半月形の楯とともに世に知られた。 
 


無題トロイ戦争でギリシア人と戦うアマゾネス (資料転写)
トロイ戦争ではアマゾネスはトロイ方に加わったと言う。

アマゾネスは紀元前2000年ごろから同1200年ごろまで存在したといわれています。叙事詩「イリアス」「オデュッセイア」で名高いホメロスや歴史家ヘロドトスもアマゾネスについて叙述しています。

その後、紀元前 1077年からイオニア人による移民活動が始まった。
これについては次のような伝説があるという。
無題イノシシの鴨居

(資料転写)
アテネのアンドロクロス王は「魚とイノシシが導く所に都市を築け」とのデルフィの神託を授かった。
魚とイノシシの導く所を求めて旅をしたところ、料理の魚が跳ねて火が飛び散り草むらに引火、そこからイノシシが飛び出した。アンドロクロス王は猪を殺しました。そして猪を食べました。ここが神託の地だと判断し、現存するアルテミス神殿跡から1,200m西に、最初の移民都市を建築します。その地が、エフェソスでした。ガリア人の集落を駆逐して、丘と海と両方を持つ都市を建設し、アルテミス神殿を中心として繁栄しました。

 

と説明を受ける。

後世、これはイオニア人の移動と呼ばれ、それはトロイ戦争の160年後とされている。
 

上の写真はエフェソス博物館にある、ハドリアヌス神殿の入口の鴨居の部分です。伝説の猪が彫られています。737 -神殿の鴨居この付近の欄間だと思うと、教えてくれました、のでパチリと取ってきました。
プロローグが終わり、やっとガイドのフセイン氏が動いた。これから実技講習が始まるのだ、当時のそのままの遺跡に触れ合える幸せに身震いしている私がここにいます。どうに進展するのか??!!!お楽しみに???


 
  
 
  
 
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