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アタチュルクの描いた国 トルコへ ベルガマ遺跡 ⑤ 

2013-02-05 Tue : 旅行こと 
アジアとヨーロッパの交差点

走ること1時間30分あまり、人口10万人ほどのベルガマの町に到着。すると車窓の右手の小高い丘を指差して、ガイドさんがこの上にペルガモン王国のアクロポリスがありましたと説明された。 (アクロポリスとは「小高い丘」を意味し、防壁で固められた自然の丘に神殿や城塞が築かれ、聖域であるとともに政治の中心だったらしい。「トラヤヌス神殿」「アテナ神殿」「野外劇場」「図書館」「ゼウス大祭壇」などの土台の跡が、、、

アクロ アクロポリス
アクロポリスへ行くロープウェイは団体ツアーの場合分散し、何往復もする事で時間が掛る為や、登って行く大型バスもすれ違えられない位、道も狭いとの理由なのか?かは知らないけども、このアクロポリスを観光ルートからハズされました。トホホ、、、
アクスレピオン1

アクロポリス中市にある。アスクレピオンAsclepieion
「第二のアテネ」と称されるほど栄えた
場所である、ベルガマへ!

左側に軍の基地があり、戦車が整然と並んでいました。
写真をとってはいけないそうです。
なので右に目をやるとハイジのお爺さんがいるでは
ありませんか、あのアニメに吸い込まれました!!
えっここはどこなの?ってね。
羊飼い2 羊飼い1

ネ!ネ!!杖と犬と羊が揃っているでしょ!!!

又又同じチケットです 

よくみるとベルガマと書いてありました。

チケットと軽石 
  
至る処に軽石の採石プラント所が点在し、軽石はベルガマの産地だそうです。お土産に1リラで買いました。
ベルガマの看板1

ベルガマ遺跡
前日エドレミットにあるアドリナホテルに泊まりベルガマの古代遺跡の観光のスタートです。距離はそこまで約80kmとか。ベルガマはペルガモンとも呼ばれ、紀元前2世紀から1世紀にかけてペルガモン王国の都として栄えた街だそうですが、ヘレニズム文化が栄えたたこの遺跡はいまだ世界遺産にも登録されないのが、とても不思議です。発掘された出土品の多くはドイツ・ベルリンのペルガモン博物館に収蔵されているとのことです。ベルガモン博物館

10年前に行ったこの博物館の名の由来の地に今立って呼吸している私が此処にいるのです。とても感激してます。

ゼウス神殿

紀元前2世紀ペルガモン(現・トルコのベルガマ)で建造された大祭壇が博物館内に再構築されている。全長100メートル以上に及ぶ浮き彫りはギリシャ神話の神々と巨人族との戦い(ギガントマキア)を表したもので、ヘレニズム期の彫刻の代表的なものである。
重い沢山の大理石をドイツまでよく運んだものだ、と関心してしまいますが、
この偉大な貴重なトルコの遺産を持ち帰ってしまう精神って何なのでしょうね。

名前を付けてくれただけでも良心をかんじる!!

看板2

私たちの第二回目の
古代遺蹟の
見学の始まりです
【ここは世界遺産に登録なし】 
 
  ペルガモン王国の医療施設「アスクレピオン」ご案内!古代文明の神秘の謎を体感してください。 ローマ時代の医療施設跡「アスクレピオン」があります。聖なる泉、円形の治療棟、暗示療法にも使われた地下道、劇場などがあり、その療法は多種多様に。見どころが沢山ありますよ。さあーご一緒にいかが?
聖なる道

遺跡に入場してしばらく歩くと、聖なる道という参道に出ます。聖なる水1
聖なる泉の水を汲んで
まず身を清めてという太古の昔の人たちの思いで大理石
がすり減っているのがわかりますか?
聖なる水2
【日本でいう拝殿の脇にある手水舎と同じ】
手水 
聖なる水が入っていた水槽部分の

長方形の1辺のみ残っていて、他3辺は土台だけ

参道にはイオニア式の円柱がたっていました。清の道 (2)

所々に回廊の遺構が残っているのがわかりますか?聖なる道2

木道を作っている職人に出会いました。小雨の中御苦労さまです。
木道つくり 
 参道の終わりに来ました。ここからは神域で、かつては門があり、壁に「死者はこの門を入るべからず」といったような事が書かれていて、治癒の見込みのない人【お金があっても身分の低い人=本音】は門前払いされていたそうです。医療センターといっても、治る見込みのある人【身分の高い人=本音】だけが入れる、というのは、精神的な意味合いとしての医療だろうかと庶民の私は考え込んでしまいました。門1

門を抜けたところの広場に大変めだつ太い蛇の彫刻を施された円柱があります。古来蛇は脱皮することから生まれ変わり=再生のシンボルとされ、現在も医療の象徴となっています。病院に着いた患者たちはまずこの蛇の彫刻に祈りを捧げました。

そうだ足の痛さを取り除いてってお祈りするの忘れた!!あああー

二匹のへび

 
また、入場を断られた人が、絶望のあまりにその場で死のうと毒蛇から毒を取り出して飲んだところ奇跡的に病気が治ってしまったという話もフセイン氏から聞きました。
柱頭A 
イオニア式
イオニア式1 (2)
コリント式やイオニア式の装飾が施されている柱頭。自分の目で見た初めての柱頭です。これも感激! 今これが現実なのだ!見たのです!嬉しいです!そうだ 次はエジプトへ行ってみよう!!!

アカンサス模様 (2)コリント式 

覚え方です、、、
渦巻きに卵が3か4でイオニアよ

野アザミの葉ってコリントだ
初期がドーリア式、中期がイオニア式、末期がコリント式  
柱廊1    
  

列柱には、もともとイオニア式の柱が並んでいたが、175年の西アナトリア大地震で倒れてしまい、コリント式やイオニア式の柱頭を入れ換えたり、長さがちぐはぐなのを、つぎはぎして足してみたりしています。まるでパッチワークのように
この行為が世界遺産に登録されない理由らしい!! 見渡した遺跡
医療センターには似合わないローマ劇場があります。劇場A 

正面が貴賓席です
どうやら、芝居や音楽なども治療の一環と
考えられていたようです
3500人収容できたそうです。
劇場の最上段に登ってみました。
上から見た遺跡
散々している遺跡が見えます。2方向通路
集会所施設の避難通路は必ず2方向通路を設けるという現在の法がこの時代にあったとは、感心していまいました。  
16本の列柱の裏のレンガの壁が図書館の跡。医学書なども集められていたそうです。(M氏より借用画像)
列柱A 
アクスレピオンの図書館から劇場に向かう回廊の列柱 圧倒的で迫力ある遺跡です。一度見て来て下さい感激しますよ。 
図書館の壁と柱 


(M氏より借用画像)

文化に力を注いだペルガモンは、図書館のレベルも世界最大級であり、その力に恐れたエジプトは、パピルスの輸出を禁止しました。しかし、ペルガモンはこの危機によって【ドイツ語で羊皮紙は「ペルガメント」と呼ばれる】羊皮紙を発明し、より蔵書が増えていったといいます。身を清める2
聖なる泉。患者はここで水を飲みます。
当時からの井戸があり、今も水がわき出ていました。

身を清める1
微量のラジウムが含まれているとのことです。

身を清めた患者は地下トンネルを抜けて

テレスポス神殿へ額ずきましょう

病は気から。まずは病んだ気を治すのがアクスレピオンのやり方。

 

これで痛いところは治るかもしれない!!!

次回へ続きます。又覗いて下さい。

イズミル県  

ベルガマの地図です。今ここにいます。


 


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