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アタチュルクの描いた国 トルコ  トプカプ宮殿のハーレム

2013-05-22 Wed : 旅行こと 

黄色の○わくの正義の塔の下がハーレムの入り口で   
黄色の↑が出口です
ハーレム俯瞰図1

まずはハーレムの歴史を覚えて
から見学いたしましょう

1ハーレム

日本の年代では鎌倉末期から大正までです。

歴代君主オスマン朝 系図

 1.オスマン1世(1299 - 1326年)

 2.オルハン(1326 - 1359年)

 3.ムラト1世(1359 - 1389年)

 4.バヤズィト1世(1389 - 1402年)

 5.メフメト1世(1403 - 1421年)

 6.ムラト2世(1421 - 1451年)

 7.メフメト2世(1451 - 1481年)

 8.バヤズィト2世(1481 - 1512年)

 9.セリム1世(1512 - 1520年)

 10.スレイマン1世(1520 - 1566年)

 11.セリム2世(1566 - 1574年)

 12.ムラト3世(1574 - 1595年)

 13.メフメト3世(1595 - 1603年)

 14.アフメト1世(1603 - 1617年)

 15.ムスタファ1世(1617 - 1618年、1622 - 1623年)

 16.オスマン2世(1618 - 1622年)

 17.ムラト4世(1623 - 1640年)

 18.イブラヒム(1640 - 1648年)

 19.メフメト4世(1648 - 1687年)

 20.スレイマン2世(1687 - 1691年)

 21.アフメト2世(1691 - 1695年)

 22.ムスタファ2世(1695 - 1703年)

 23.アフメト3世(1703 - 1730年)

 24.マフムト1世(1730 - 1754年)

 25.オスマン3世(1754 - 1757年)

 26.ムスタファ3世(1757 - 1774年)

 27.アブデュルハミト1世(1774 - 1789年)

 28.セリム3世(1789 - 1807年)

 29.ムスタファ4世(1807 - 1808年)

 30.マフムト2世(1808 - 1839年)

 31.アブデュルメジト1世(1839 - 1861年)

 32.アブデュルアズィズ(1861 - 1876年)

 33.ムラト5世(1876年)

 34.アブデュルハミト2世(1876 - 1909年)

 35.メフメト5世(1909 - 1918年)

 36.メフメト6世(1918 - 1922年)

 37.アブデュルメジト2世(カリフ:1922 - 1924年)1208 -教会3
ハーレムの建物は六層からなり、三百の部屋、通路、中庭、階段が入り組んで迷路をなしているが、私達が見学できるのは、そのうちおよそ13室でした。
1147 - ハーレム2
 

ハーレムの女達が、世界中から略奪されたり売られてきたということはよく知られていると思うのですが、そこには宦官という者たちもいた。スルタン以外、普通の男たちの出入りは厳禁であったハーレムを取り仕切っていたのは、皇太后、そして黒人宦官長(クズラール・アーシ)であったのです。1ハーレム図


②イズニックタイルの左右対称の装飾が壁一面に1151 - タイル
愛妾達は、24時間一日中宦官たちに監視されていました。黒人 1157 - 黒人宦官

その宦官達の住んでいた部屋 1156 宦官達の部屋

④ここを潜るともう2度と出られません1159 -ここから

ここからが、スルタンの寵愛を受けた女性達の居住区が始まります

道も小石で綺麗に文様に敷きつめています236小石 - コピー

この通路はタイルではなく風景画が描かれています1161 -風景画
⑤黄金の道と母皇后の中庭1171 - 中庭

右の2階は、スルタンの王子を出産した女性達の部屋1162愛妾の中道
愛妾達の中庭から正義の塔が望める 
 ⑦ワーリデスルタン(皇太后)の広間 1170 - 母の部屋 (2) 
螺鈿の扉の模様
1166 - 螺鈿
皇太后
の部屋は、ハーレムの中央で、スルタンと女性達の部屋の間に位置していて、両方を見据えていたそうです。1164 - 母の部屋1

⑨スルタン(オスマントルコ帝国皇帝)の広間

          現在工事中でしたので見られませんでした。

 赤い→の所の部屋です


1190 -工事中 (2)

⑩愛妾達がスルタンの寝室に向かう前の控えの間1177 - 全室 (2)1180 - 全室1 (2)239 - 天井

⑪ムラト3世の広間
1186 -ムラト 1184 ムラト3
スルタンの天蓋
1188 ムラト2

1183 ムラト4 (2)
皇子と愛妾の部屋1193 子供2 1194 子供3 1195 -子供4 

ステンドグラスで太陽光を取り入れる1192 -子供1

「黄金の鳥かご」と言われている皇子幽閉所跡 1199 -鳥小屋 (2)
今は白いシートで覆われている

赤い→の所です


1198 -子供室窓 

外から見た皇子達の部屋の窓とガラス

1197 -テラス

⑬ポスポラス海狭が望めるテラス1200 -出口 

⑭出口です。
1201 -出口の鏡 

この金メッキの鏡だけが愛妾達の悲喜交交を知っているのですね!!!

なんだかやっとこさ塀の外へ出られた感じです。外の空気がおいしいかったです

こういうところに一生監禁?は

やっぱりイヤです!!!

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