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アタチュルクの描いた国 トルコ  トプカプ宮殿の博物館

2013-05-30 Thu : 旅行こと 
        1000配置図

 
博物館5 トプカプ宮殿博物館はイスタンブール最大の名所のひとつで、毎年、世界中から200万人以上の見学者が訪れている。トプカプ宮殿の造営は、コンスタンティノープルを陥落させてビザンツ帝国を滅ぼしたスルタン、メフメット2 世によって1465 年に始まったとされる

1465年から1478年にかけてメフメットII世により建造され、1856年のドルマバフチェ宮殿への移転までの約370年間スルタンの居城でした。スルタン制度が廃止され、1923年にオスマン帝国が消滅し、トルコが共和国になってからは、ここは博物館として利用されているそうです

ゆりかご

金のゆりかご

トプカプ宮殿の見どころは、なんといっても宝物館にある、ため息もつかんばかりの金銀財宝。
玉座
86カラットの巨大ダイヤが輝かしい「スプーン職人のダイヤモンド」、柄の部分に巨大なエメラルドが3つあしらわれた「トプカプの短刀」、数千個のダイヤがちりばめられた「黄金の燭台」などなど、挙げて行くとキリがないけれど、とにかくかのオスマントルコ帝国がその栄華を極めた象徴ともいうべき宝物がザクザクあります。
ダイヤ

 ガイドブックから拝借です。
なぜって、撮影禁止になっているからなのです。

 86カラットのスプーン屋のダイヤモンドや

 短剣
トプカプの短剣などなど、沢山の宝物が展示されています。

世界帝国に君臨したスルタン
ハミト1世

アブデュル・ハミト1 世像 1774-89

礼装用兜 16世紀
水差し

輝くオスマン王朝の栄華

ターバン飾り 18世紀

水晶製薔薇水入れ 16 世紀後半

博物館に展示してあった鎧兜について

山田寅次郎が贈呈と記してあったので調べてみました

 

山田寅次郎にまつわる歴史


寅次郎 
1887
小松宮彰仁親王殿下および同妃殿下が皇族として初めてトルコを訪問
1889714
海軍少将オスマンパシャ率いるトルコ皇帝特派使節団609名を乗せた木造フリゲ-ト艦エルトゥールル号がイスタンブ-ル港を出航
189065
エルトゥールル号が横浜港に到着1890年9月16日エルトゥールル号が横浜港を出航


熊野灘で暴風雨にあい、和歌山県串本町大島樫野崎灯台下に点在する岩礁に激突、沈没。生存者わずか69名。

189010
天皇の命により軍艦「金剛」「比叡」が生存者69名を乗せトルコへ

1892

山田寅次郎が弔慰金を携え民間使節としてトルコへ渡航、当時24

兜
トルコの観光名所として名高いイスタンブールのトプカプ宮殿には、山田寅次郎が贈った日本の鎧と兜、陣太刀が陳列されています。

 

 山田寅次郎は沼田藩江戸詰め家老中村雄左衛門の次男として、土岐家上屋敷に生まれました。そして、明治23年24歳の時、当時としてははるかに遠い異教徒の国と関わりを持つことになったのです。

寅次郎の実家、中村家に伝わる戦国時代の甲冑師明珍の鎧兜と太刀を献上しました。

 



1206 -調度品
謁見の間にあった調度品【玉座や絨毯や暖炉等】を見て

1204 -図書館
アフメット3世の図書館の前を通って

1209遺跡 - コピー
ビザンチン時代の遺跡
も眺めて
1214 -皇帝の門11212 -皇帝の門
皇帝の門を通りこれでトプカプ宮殿にお別れです

1213 給水泉 (2) 
アフメット3世の給水泉のそばの駐車場へこれからクルーズに行きます。

        

 

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