スポンサーサイト

-------- -- : スポンサー広告 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

昔から現在へ 知っておきたい建築様式のススメ【9.9】

2010-09-13 Mon : 建築様式 
 ~のための建築から、
     
のための建築へ3アン城
端正かつ華麗

フランスのルネサンス建築はまだ続きますよ。BM_20070109073924821.jpg

アンボワーズ城Château d'Amboise「ロワール渓谷においてイタリア様式が取り入れられた最初の建築物」「フランボワイヤン・ゴシック様式からルネッサンス様式へと移り変わってゆく代表的な城」と言われている 
2アン城
レオナルド・ダ・ヴィンチ終焉の地でもあります  
Loireの地図ダビンチの像

レオナルド・ダ・ヴィンチ晩年の三年間の歳月を過ごした場所でもあります。 
フランソワ1世は1516年に64歳となった
オナルド・ダ・ヴィンチを招いて住まわせた。ダ・ヴィンチは彼が亡くなる1519年までそこに住んでいた。イタリアのローマを離れて【ロバの後ろにつんできたのは皮のバッグに3つのキャンバスだけ。】わずかな画材と「モナ・リザ」「洗礼者聖ヨハネ」「聖アンナと聖母子」などの作品を持って、アンボワーズ城に近いクルーの館(フランソワ1世が幼年期を過ごした館)へ移り、晩年をこの地で過ごした。
Mona_Lisa.jpgヨハンナ聖母子
城から南東約1キロにはレオナルド・ダ・ヴィンチがフランソワ1に招かれて晩年を年金をもらいながら過ごしたクルーの館があります。下の写真です。本当に彼は幸せだったと思います。終わりよければ全てよしって言いますよね。
現在もこの二つの建物は地下通路で繋がっていま
クルー
クルーの館
Clos Lucé
1519年5月2日にクルーで生涯を終えた彼は、その遺志によってアンボワーズ城に埋葬されたのです
レオナルドの遺言状には、彼の葬式に60人の貧乏人に60本の松明を持たせ参列させること。松明を四つの教会に分けることを希望すると、、、、
DaVinciの死
見取り図
茶色に塗ってあるところが現存する建物
アン城の全景
アンボワーズ城の全景

アンボワーズ城1アンボワーズの壮大な城壁をのぼると写真のようなテラスにでます、そこには城とサンーテュベール礼拝堂があります
城の庭
礼拝堂の中にはレリーフが取り付けられたレオナルド・ダ・ヴィンチのお墓があります。
レオナルド・ダ・ヴィンチの遺骨が眠っています    

礼拝堂の中にある墓彫刻
墓標2礼拝堂庭

ルネッサンス様式の庭園

2戦車エアリアルスクリュー
内部や屋外には、ダ・ヴィンチによる発明品の模型等が展示されています。戦車や自転車も機関銃や等々今でも使われている機械の原型がたくさんありますよ
戦車 自画像 スクリュー 作品
2ブラン音楽室

           アンボワーズ城の音楽の間

対岸から
この橋を渡って行くと城を眺望できるロワール河の対岸にはダビンチのモニュメントがあります。若い頃は絶世の美男子といわれていましたのででしょうかね
対岸にあるダビンチの像
皆さん同じ場所を撫でていくようで、
一か所だけ、文字通り「金ぴか」でした

昔の見取り図
過去の様々の歴史を潜ませています。今でも亡霊が!!
昔のアンボワーズ
旧教徒が新教徒を大量虐殺したアンボワーズの陰謀(1560年)の舞台としても知られています。1000人以上ものプロテスタントが大虐殺にあい、バルコニーなどに吊るされたという血なまぐさい歴史がある。今も亡霊が出るといわれています。こんなに綺麗なお城なのにね。
ルネサンスが生んだ天才

レオナルド・ダ・ヴィンチの名言を列記します

A well-spent day brings happy sleep.

一日をうまく使えば、幸せな眠りがやってきます。

充実した一日が幸せな眠りをもたらすように、充実した一生は幸福な死をもたらす。


どこか遠くへ行きなさい。仕事が小さく見えてきて、もっと全体がよく眺められるようになります。不調和やアンバランスがもっとよく見えてきます。

鉄も使わざれば錆び、水も用いざれば腐敗し、あるいは寒冷にあたって凍結する。人の知力もまたこれと同じく、絶えず用いざればついに退化する。


立ち寄った皆様にきっと又今日一日が良き日でありますように!!!






スポンサーサイト

トラックバック

http://47hirome.blog129.fc2.com/tb.php/33-7c893e1a

コメントの投稿

Secret

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。