スポンサーサイト

-------- -- : スポンサー広告 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

昔から現在へ 知っておきたい建築様式のススメ【3:1】

2010-04-04 Sun : 建築様式 

エジプトはナイルの賜物

55エジプト

■「エジプト」の名は古代ギリシア語で「暗い」を意味するアイギュプトス に由来している。これはメンフィスのエジプト名ヘトカアプタハ(プタハ魂の家創造主プタハ神の居住地)が訛ったものである。古代エジプト語ではケムト(黒い)と言った。漢字では、「埃及」と表記し、「埃(あいほこり)」と略す

 2ピラミット

ピラミッドだけが群を抜いて古いものにもかかわらず、現在残っているものはピラミッドだけだという事実から考えても、ピラミッドがいかに高い技術で建造されたかがわかる。ギザの三大ピラミッドは、その前後に建造されたピラミッドと比べ技術力や規模において群を抜いていたのにかかわらず

 

なぜ  ギザの三大ピラミッド

以降の技術の衰退が起こったか?

なぜ あれだけあった、数多くの

ピラミッドが作られなくなって

から、数多くの巨大神殿が

造られていたのか?。

を考えてみますと

A:国家の経済的理由と、直系で王朝を統一

      してきたことに終止符が打たれたこと

     理由でしょうか?。

B:

     信仰はどの社会にも必要ですがその対象

     の変化が生じたのだと思います。 この 為

     権力構造も単純ではなくなり、労力や時間

    を費やすにはピラミッドは重すぎる負担

    になり、信仰も神官などの現実的勢力の

     影響をうけて神殿建築に移行するように

      なったのでしょうか。?

C:

  一般には、ファラオ(王)の権力が弱体化

  したからだ、とされているようですが。 

  逆に神官や官僚が力を持ってきて、

  ピラミッドではなく神殿を作るよう

  になった…?
D: 

  B.C.1360年頃、アメンホテプ4世 

  (アクエンアテン)による アマルナ

  宗教改革(伝統的なアメン神を中心

  にした 多神崇拝を廃止、

  B.C.1345年頃、ツタンカーメン王

  によるアメン信仰復活太陽神アテン

  の一神崇拝に改める世界最初の

  一神教といわれている)戦闘を避けた

  ため国力 が一時低下したのか?

      ガラスピラミッド2

色々な理由を考えてみました。皆様も一緒に考えてください。

 

  ラムセス2世

アブ・シンベル神殿
(1240~1224BC)


パイロン(塔門)、中庭、多柱室、

至聖所の成り立ち

ピラミッド並ぶほど有名なエジプトの建築物、

神殿は信仰の場所として活用されました。

神殿そのものが重要な役割を担うようになりました。33エジプト

5-2中庭  

 神殿とは、私たちには見えないけれど、神様があの世からやってきて、私たち人間を守ってくださり、儀式やお祭りを一緒に祝いするために作られた、神様のためのこの世の家です。永遠性を示すため、石で作られています。 神殿は石、石一つが大きくて作り上げるのが難工事なんです。カルナック神殿などは1000年以上もずっと作り続けられました。すごいでしょ?教会やイスラム教のモスクなどももとはすべてエジプトの神殿の影響をうけています。
この聖なる場所の作り方は、まず、入り口をしっかり作ります。【古代エジプトでは、神殿の門が2つの塔に挟まれたかたちをとっていた。 この形式をパイロン(塔門)と呼ぶが現在でもルクソール神殿やエドフ神殿でそれらを確認する事ができます。】そこを入ると、第一中庭を作ります。その周りのところに列柱廊があって、その向こう側に、神様がいらしてお参りに来た人たちとお会いになる場所である、大広間があり、その奥に神様がくつろぐ場所、至聖所があります。これが一つの型です。

これはエジプトの神殿建築では普遍的なものである。しかし至聖所の空間はそれ以上に、他の宗教建築でも類例がみられるという意味で、つまり明らかにそれは洞窟として建設されている。現実には石を積みあげたものであるにもかかわらず、「洞窟として」建造されている。エジプト神殿は洞窟として設計されていて。そしていちばん奥に神を設置いたします。するとそこで逆転がおこります。世界のいちばんの奥は、いちばんの頂上なのである。まれに太陽光が洞窟の奥まで射し込むとき、末端まで光が届くという現実は反転し、神が太陽を呼んだという構図が発生するのである。 

 

そこに屋根をかけて暗くしないと厳かな感じが出てこないし、厳かな感じがないと神様を体験できないので神官とかイスラム教のイマーム、神父さんや日本の場合は神主などが出てきて儀式を行ったり、説教をする。そういう形式は5000年前、エジプトがずっと開発したというか、作り出した考え方なんですってね。 
神殿を作るのはピラミッドに比べれば楽です。ピラミッドは石を全部積まないといけないでしょ?神殿は壁を作って柱を建てて天井、屋根を作り、至聖所を作って、そこに神様の彫像をおく。高さは塔門にしてもせいぜい20m。ピラミッドは147mですからね。 それにしてもすごい大きいごつい石ですよね。


 

 スフィンクスという意味はシェプス・アンクというのがギリシャ人の耳になまって聞こえて名付けられました。人間が死んだらあの世に行って生き返るときを表わしている太陽神です。アンクとは、復活再生の神ですから太陽神ラーの仲間です 。

 

  sphinx.jpg 

 2-2スインクスの昔

 河岸神殿とスフィンクス神殿 (ギザ)

再生復活。人間が死んだらあの世に行って生き返るときを表わしている太陽神です。東の空から上るときはケプリー(=復活)中王国時代にエジプトからクレタ島、ギリシャ本土、ずっとペルシャを経て、なんとヒマラヤを越えて中国に行きそして日本に来たのです。それが狛犬です。神社にいますね。沖縄ではシーサーです。あれは守っているでしょ?聖なるものを守っているんです。日本の神社の場合、神宮本殿を守っています。大体日本の神社は山の上にありますから、階段を上がっていくところの両脇にあります。中国でも北京の紫禁城にライオンがいるでしょう?あれもその一種です。

   lしし座  

 しし座

星好きなら誰でもスフィンクスと獅子座が、そっくりな事はすぐに分かりますね。 まして遮るものも全くなく、一面の星空が広がる古代エジプトにおいてこれらを関連づけて考えない方が不思議であると思います。

 

 

 神殿の所在、位置

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古代ハトシュプスト王妃の葬祭殿

デール・エル・バハリ (C1500BC)

 セティ1世の神殿 アビドス(C1300BC)

アブ・シンベル神殿 (1240~1224BC)

 1968アスワンダム建設による水没を

免れるため移築

 


   ハトシェプスト女王葬祭殿、カルナック神殿、ルクソール神殿、ラムセウム(ラムセス2世)、アブシンベル神殿  植物に想を得た柱、ヒエログリフ(聖刻文字)へ続きます。

又のお立ち寄り宜しくお願い致します 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スポンサーサイト

トラックバック

http://47hirome.blog129.fc2.com/tb.php/40-a8c7b561

コメントの投稿

Secret

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。