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昔から現在へ 知っておきたい建築様式のススメ【3:5】

2010-04-09 Fri : 建築様式 
ラメセス2世が自らの為に造営した
【アブシンベル神殿】
王妃ネフェルタリの為に造った
【アブシンベル神殿】 
アブ・シンベル神殿(Abu Simbel)は、エジプト南部、スーダンとの国境近くにあるヌビア遺跡
当時のヌビア地方はエジプトの辺境(最南端)であり、征服したヌビア人にエジプトのファラオの権力を示すために「太陽の子」と呼ばれた、ラムセスⅡ世が建てた大神殿です。
各20mの高さがあります。
入り口手前のラムセス2世の巨像の足元に大勢の捕虜のレリーフが刻まれています。4.1エジプトのちず

   建設後、長い年月の内に砂に埋もれていたが、1813年にスイスの東洋学者ヨハン・ルートヴィヒ・ブルクハルトによって小壁の一部が発見され、1817年にブルクハルトの知人であったイタリア人探検家ジョヴァンニ・バッティスタ・ベルツォーニによって出入り口が発掘された。

1960年代、ナイル川アスワン・ハイ・ダムの建設計画により、水没の危機にあったが、ユネスコによって、国際的な救済活動が行われた。1964年から1968年の間に、正確に分割されて、約60m上方、ナイル川から210m離れた丘に移築された。このことが、世界遺産の創設のきっかけとなった。アブ・シンベル神殿は世界遺産の象徴的な遺跡で、世界文化遺産に登録されている。

この神殿では、年に2回神殿の奥まで日の光が届き、神殿の奥の4体の像のうち、冥界神であるプタハを除いた3体を明るく照らす。これを一目見ようと多くの観光客がその日に訪れる(場所を移した際にもともとの日から、1日ずれてしまったが)。その2回とは元は2/22と10/22である。ラムセス2世の生まれた日と、王に即位した日【春分の日と秋分のにこの現象が起こる。

アスワン・ハイ・ダムの建設によってできた人造湖ナセル湖のほとりにたたずんでいる。

アブシンベルの夜の大神殿

夜の神殿ののショー

 
アブ・シンベル神殿(大小両神殿)
手前が小神殿。奥が大神殿

アブ・シンベル神殿

(1240~1224BC)

 

あぶしんべら エジプト ツアー アブシンベル神殿


毎年年二回、春分の日と秋分の日に朝日が昇ると、この神々にだけスポットライトのように日が差し込むとのことです。神殿の最深部にある至聖所には、小ぶりですが4体の坐像があります。 向かって左から、プタハ神、アメン・ラー神、神格化されたラムセス2世、ラー・ホルアクティ神が彫られています。写真は観光用にライトアップされています。 

アブ シンベル神殿

47小神殿 

ハトホル神と王妃ネフェルタリに捧げられた神殿

立像が6体あって、そのうちの4体は王、2体はネフェルタリである。 脇には王子と王女を配置している。 それまでエジプト王妃には正面装飾のある神殿は与えられていなかったので彼の妃には特別な栄光が与えられたことが分かりますネフェルタリは、ネフェルティティ、クレオパトラと並ぶエジプト3美女のひとりですが、 そのためか、壁画を飾る王妃ネフェルタリの美しい彩色レリーフがたくさん見られます。 ただ、王妃ネフェルタリのために建てられたとはいえ、この岩窟神殿の正面には、 ラムセス2世の立像が4体あるのに、ネフェルタリの像は2体あるだけです。 自己顕示欲の強いラムセス2世はここでもまた・・・しかし、よく見てください。 ラムセス2世とネフェルタリ王妃の像は、高さ10mあまりでほぼ同じ大きさです古代エジプトでは、王妃といえども王と対等に扱われることはなかったそうで他の神殿などにある立像なども王妃の像は王に比べるとかなり小さく造られています。 自己顕示欲の強いラムセス2世ですが、ここに、睦まじい夫婦愛が見えませんか?

 

 

 

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