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昔から現在へ 知っておきたい建築様式のススメ【4.1】

2010-04-16 Fri : 建築様式 
ギリシヤ2
長かったエジプト建築から  
いよいよギリシヤ建築
に入りました。

その1です。
●神殿建築→アクロポリス(神域)=神殿建築複合体木造建築に由来するといわれる円柱 ①アルカイック期の神殿太いドーリア式円柱(正面の柱数が奇数の場合も→パエストゥウムのヘラ第1神殿
次回に続く②古典(ヘレニック)期の神殿→ドーリア式(アテナイのパルテノン神殿)、

その次に続く③イオニア式(アテナイのエレクテイオン
)
④ヘレニスティック期の神殿→コリント式の登場(アテナイのオリュンピエイオン

エーゲ海周辺地図

 
アクロポリス(ἀκρόπολις)とは古代ギリシアポリスのシンボルとなった小高い丘のこと。アクロポリスは「高いところ、城市」を意味し、防壁で固められた自然の丘に神殿や砦が築かれているのが普通である。


 アルカイック期太いドーリア式円柱 (紀元前700~480年頃)

  • 紀元前600年頃 ヘラ神殿(オリンピア)
  • 紀元前570年から紀元前560年頃 アポロン神殿(オルティージャ島)
  • 紀元前550年から紀元前540年頃 セリヌスC神殿(シチリア島)
  • 紀元前550年から紀元前525年頃 アポロン神域のシフノス人宝庫・アテナ神域のマッシリア人宝庫(デルフィ)
  • 紀元前525年頃 デメテル神域のテレステリオン(エレシウス)
  • 紀元前530年頃 ヘラ第一神殿(パエストゥム)


ドーリア式オーダー
ギリシャ建築では最も古い基本的なオーダーで、基壇のに基盤(バシィス)を持たず、およそ20本の堀り溝とエンタシス(ふくらみ)のある円柱を立て、柱頭(カピトゥルム)には丸みを帯びた円板(エキノス)と正方形の板(アバクス)が載っていました。    
ドリス式(太い円柱=男性の肢体)



  • ドーリア様式の古代ギリシャ神殿の典型

    ヘラ第一神殿 
  • 【 柱の土台に注目】(ドーリア式では、柱身は直接ステュロバテスや基壇 の上に立てられている
     
    近代オリンピックの聖火は古代の儀式にのっとり、ここで採火されます。

    古代ギリシャ時代の神殿を中心とするパエストゥムの遺跡が18世紀に再発見された時、この建物はバシリカ【建築の平面形式のひとつで、中央の身廊の2辺ないしはそれ以上の辺を、側廊によって取り囲むものをいう。身廊と側廊は列柱によって分けられる。裁判所や取引所に用いられた集会施設などバジリカ式、長堂式ともいう】だと考えられてた。当時の人々の目には、この建物が崇拝の場所には見えず、むしろ公共の建物のように思えたのでしょう。でも、今ではヘラ女神に捧げられた神殿だと考えられている。 ゼウスはヘラ女神の夫だから、人の神々が一緒に祀られていても、不思議じゃない。 紀元前 6世紀半ばに建設されたと考えられているヘラ第
    一神殿は、現存するパエストゥムの建物の中でも最古のものと言われている。 ヘラ第一神殿あるいはバシリカ(パエストゥム遺跡、カンパーニャ、イタリア)
  • ヘラ神殿
    聖域の中で最古といわれるドーリア式の神殿です。内部にはゼウスとヘラの像が安置され、またオリンピア考古学博物館に展示されているヘルメスの像もここに飾られていました。

    ゼウス神殿(紀元前470年から紀元前460年頃 オリンピア)

    ギリシャに存在する中では最大の神殿
    巨大神殿の建築を始めたのは僭主ペイシストラトスの一族で、前520年ごろのこと

    神殿の長さは約110メートル、幅は43メートル程。神殿の前後には8本の円柱が三列ずつ、側面には20本の円柱が二列ずつが並び、円柱の総計は104本にのぼった。ファサードのもともとの高さは27.4メートル程度と推定されている。


    アクロポリスから見たゼウス神殿 

    ゼウス神殿
    104本あったという神殿の柱は、
    15本が残るのみ。

    ゼウス神殿は紀元前515年の着工から幾度の中断を経て、A.D.124-125年ハドリアヌス帝によって完成されました。オリンポスの最高神ゼウスを祀るもので、神殿内部にはゼウスの像と黄金がささげられていました。4世紀ゴート族の侵入によって破壊されてしまいました


    ゼウス像の想像図
     

    一般的なギリシア神殿と同じ形式の建築物は、遅くとも紀元前8世紀初期には形成されたが、当時の建築材料木材であり、紀元前6世紀中期には建築材料として本格的に石がもちいられるようになった。また、ペロポネソス半島イタリア半島南部(マグナ・グラエキア)ではドーリア式発展し、一方で小アジアではイオニア式建築がそれぞれ発達する。

    紀元前5世紀中期になると、石造技術は高度に運用されるようになり、ドーリア式、イオニア式の伝統が融合して、ギリシア建築は完成の域に達した。プルタルコスが、パルテノン神殿をその見事さは、同時にその新鮮な活力において、古典期のギリシア完璧な比例法則を備えた壮麗な建築を創建し、古典建築の源泉となった。ホール劇場などの公共建築もおおきく発展した。


    ギリシャ 建 築 とは

    「ギリシャ」と言われて、皆さんは何を思い出すでしょう?きっと多くの方が「パルテノン」のような遺跡や神殿を思い出すのではないでしょうかその通りです、ギリシャ建築はこれらの神殿に代表される重厚でどっしりとした建築様式です。
    今から約2500年も前の様式ですが、その後少しずつ形を変えながら世界中に広がり(遠くは日本の法隆寺や唐招提寺の柱の形にも影響を与え)、今もさまざまなところで目にすることができます。また長い歴史の節目節目で人々が何か新しい様式を模
    索する時には、“一つの完成された古典”として、必ずといってよいほど参照され、引用されてきました


    ギリシャ 建 築 の 特徴 として

    ギリシャ建築の特徴は、調和と均整を重視した直線的な造りで、神殿に代表されるようにどっしりとして重厚感があること、そしてたくさんの柱が狭い間隔で並んで屋根をささえていることが上げられます。

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