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昔から現在へ 知っておきたい建築様式のススメ【5.2】

2010-05-15 Sat : 建築様式 
ローマ

 初期キリスト 教会建築 
三廊式、身廊+側廊×2、アプス、
    イオニア式列柱、小屋組
→Narthex ナルテックス
→Atriumアトリウム

今回は上記が全て備わっている
初期キリスト教会建築五代バジリカの
説明に進みます

五大バジリカ の場所の確認
 バチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂
 サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂
 
サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂
 サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂
 サン・ロレンツォ・フオーリ・レ・ムーラ
                                                 大聖堂
 

  
roma_mapローマ 
   
バチカン市国の
         サン・ピエトロ大聖堂
サン・ピエトロ大聖堂は世界最大級の教会堂建築である。創建は4世紀。現在の聖堂は2代目である。最初の教会堂が大聖堂ではなく、聖ペテロの墓地の巡礼を目的として設計されたため、本来は東側に向けて構築されるはずのアプスは西に向けられ、東側には入り口が設けられている

左側が正面(隣の写真参照)であり、真東を向いている。平面図にある建物は南北約150m、東西約210m
 
                                  聖ペトロのブロンズ

サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ
                                     大聖堂 
 名称は「城壁外の聖パウロ大聖堂」の意味である 
サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂
 4世紀、コンスタンティヌス帝により建築された、聖
パウロの墓がある聖堂。奥行き131m、幅65m、高さ30m。内部は80本の大理石の柱が4列に並んでいる。フオーリ・レ・ムーラとは、城壁の外という意味で、その名の通り城壁から南へ2kmはなれた場所にある。聖堂の名前を日本語に直すと「城壁外の聖パウロ大聖堂」という名前になる。建築当時は小さな聖堂であったが、その後大規模な改修が行われた。しかし1823年の火災で全壊、1928年に再建された。「永遠の都」のその圧倒的な栄華繁栄ぶりを今に物語っている
→C
サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ
                                 大聖堂

左側の白い建物がサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂で、ローマ最古の教会とも言われています。

4世紀初頭コンスタンティヌス帝によって建設されて以来アヴィニョン捕囚(1309年)までの間、教皇はここにいた。およそ1000年間です。
1620年11月15日、アジアから中東を経てヨーロッパにたどりついた日本人
イエズス会ペトロ・カスイ・岐部はこのラテラノ大聖堂で念願の司祭叙階
を受けた。彼はその後、迫害の激化していた日本に戻って殉教している。
サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂
バシリカの前の広場には、オベリスクが立っている。

サンタ・マリア・マッジョーレ
                             大聖堂
サンタマリア
柱は古代ローマの神殿から運ばれたものだそうです
サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂
「聖なるマリアにささげられた聖堂」の意で二つの意味がある。一つは世界の聖堂の中でも特に重要な教会、まさに母なる教会であるということ。第二にカトリック信仰において古代より尊重されてきた聖母マリアへの崇敬を表す聖堂であるということである。世界中に聖母マリアにささげられた聖堂があるが、その中で最大のものがサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂である。
サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂
古代キュベレ神の神殿があった場所に築かれた。数回にわたる改修と1348年の地震に伴う崩壊の危機を乗り越え、ローマのバシリカ様式の聖堂では唯一原構造を残している貴重な建築物です。



サン・ロレンツォ・フオーリ・
レ・ムーラ大聖堂

城壁外の聖ラウレンティウス大聖堂」の意味である。

この大聖堂は聖 ラウレンティウス(ロレンツォ)の墓の上につくられ、彼を記念している。助祭であったラウレンティウスは 258年にローマで 殉教した七人の殉教者のうちの一人である。 ピウス9世EUの父と呼ばれるイタリア首相 アルチデ・デ・ガスパリもここに葬られている。

もともとこの聖堂は コンスタンティヌス帝がラウレンティウスが殉教したとされる場所に彼の墓をつくり、競技場型バシリカをつくったのが始まりであるとされている。
ゲーテは「イタリア紀行」の中で、「ローマは私の大学だ。ロ一マを知ることは全世界を知ることになる」と書いています。確かにローマほど遺跡遺産の上に成り立っている都市は地球上に二つとない素晴らしい街、そして今現在、歴史を探求し、追い求める我々、そして古代からの文化を求める者、すべてに・・・ローマは限りない魅力をあます事無く、これからもずっと発し続けていると強く思います。

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たびにゆくさん

ご訪問ありがとう

コメント残して下さり感謝しています

お疲れ様でした

たびにゆくさんの文章を読んでいると

大学時代に帰ったような気分がしてきます

こんなに研究されていて ただただ感心するのみです

私の方こそ ご無沙汰しています

会社から帰ってきて パソコンにかかれる時間は限られています

その為 コメント下さった方からコメントだしていきます

それで自分の次の日のアップを準備してから

自分のブログへのお返事を書きます

それで精一杯で時間が足りなくて

なかなかこちらにもご訪問出来ませんでした

御免なさいね

これからお互いコメントしあえると良いですね

たびにゆくさんは文章がお上手なので

秘密コメントでは勿体ないです

公開コメントお待ちしていますね

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