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昔から現在へ 知っておきたい建築様式のススメ【9.6】

2010-08-29 Sun : 建築様式 

のための建築から、
  
のための建築へ~
1フレンツ
端正かつ華麗
まだまだ 花の都フィレンツェは続きます ブルネレスキ1
     

天才建築家 
ブルネレスキ登場です

フィレンツェ・花のドームはいかにして建設されたか

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂Santa Maria del Fiore
5ドーム

ブルネッレスキとギベルディ(左:ブルネッレス、右:ギベルディ)
時は、1401年、「サン・ジョヴァンニ礼拝堂」の北側の扉を飾るレリーフ装飾のコンクール。二人の若き彫刻家、ブルネッレスキとギベルディ。ゴシックの流れを残しながらも構図や流麗な線で新しい表現を試みたギベルディが優勝。【これはコンクール形式で製作者が選ばれる最初の例といわれており、7人の技師、芸術家がこれに応募した。】

天国の門23天国の門

失意のブルネッレスキは、彫刻を捨てフィレンツェを離れローマへと。時は移り1420年、フィレンツェでは、街のシンボルとなるべきドゥオーモの地上50m、直径40m超の八角形の内陣の上に円蓋(クーポラ)を載せるコンクールが、開かれる

ブルネレスキ2

当時の技術では不可能を思われた難工事を、ブルネッレスキは、ローマで培ったパンテオン等の古代建築の技術を駆使して、多くの問題を解決し、クーポラの建設を任される。1436年、フィレンツェの象徴ともいえる美しいカーブと均整を伴ったクーポラが完成。後にミケランジェロは、自らが設計したローマのサン・ピエトロ大聖堂のクーポラを「ブルネッレスキには遠く及ばない」と賛辞を述べているとか。
トーム断面

建設当時は前代未聞。この構造物を造るため、ブルネレスキが考え出したのは二重殻構造という工法。

ドーム断面
原理は単純なのだ。ドームは半球ではない。断面はもう少しとんがっている。
物線や双曲線のような数学的に高次の曲線ではなく、2本の弧の組合せ。
4ドーム

シルエットを描いてみよう。まず、紙の上に横に長さ5センチの直線を引く。コンパスを4センチに広げ、右端から1センチの位置を中心として左端から上へ弧を描く。角度にして55度ほど。
同じ弧を左端から1センチの位置から描く。左右対称。

その上にランタンの小さな長方形を載せる。
これでドゥオーモのシルエットができる。3ドーム
ピラミッドやエッフェル塔と同じく一目でそれとわかる形。
水平面で切った断面が円ではなく八角形というのも美しさの理由の一つかもしれない

ドーム3

クーポラの壁を2重構造したことにより,梁のない巨大空間を作り上げることに成功しているのです.

ドーム2
ドーム4

[
フィリッポ・ブルネレスキ 人物情報]

ブレネレスキ3ブルネスキ建築家

イタリア・ルネサンス期の建築家・彫刻家。1377年頃フィレンツェに公証人の子として生まれる。家業は継がず、彫刻家を志したが1403年ギベルティとの制作競技に敗れた後、ローマに赴いて建築に転向した。ブルネレスキは彫刻のドナテルロ、絵画のマザッチオと並び初期ルネサンス様式の確立者である。
透視図法の発明者であるとも言われる。代表作「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂ドーム」など。


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