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昔から現在へ 知っておきたい建築様式のススメ【9.5】

2010-08-21 Sat : 建築様式 
    ~のための建築から、
  
のための建築へ~
2ふれんつ端正かつ華麗
またまた 花の都フィレンツェへ移動しました
ブルネレスキ1

天才建築家 ブルネレスキ登場です

フィレンツェ・花のドームはいかにして建設されたか

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂Santa Maria del Fiore
立体図

itary.gifブレネレスキ3

フィリッポ・ブルネレスキ
ブルネレスキ2
Brunelleschi, Filippo1377年~14660416

1ドーム

高さは107m、長さ155m、幅90m
石積みのドームとしては現在でも世界最大地図2
ヴァティカンのサン・ピエトロ大聖堂の設計を請け負った時、ミケランジェロはフィレンツェのドゥオーモを念頭に浮かべ、「あれより大きいものは造れるが、あれより美しいものは造れない」と言ったと伝えられる。 2005_0911画像0109
実際、このドゥオーモのシルエットは視覚に強く訴え、これなくしてフィレンツェの風景画は成立しない。
 
2005_0911画像0083
正面ファサード
です

ファサードは19世紀に再建されている

2005_0911画像0082 - コピー
後陣まで行く途中です

私が行った時はランターンの補修中、完成はこれです
キューポラの上のランタン

ドームの後 
後陣です
ね!!大きいのが長いのが解るでしょう平面図

サァー中に入ってみましょう。ご一緒にどうぞ

内部
サン・ジョヴァンニ洗礼堂内部の天井モザイク画見上げ。中央部が

ランターン

天井画
木の文化の国に生まれ育った私たちにはアーチやドームやヴォールトがなぜ実在し得るのか感覚的にわからないが、そこに絵を描く為の存在である事はとてもわかります。そしてそれがとても感動的なのも解りますね。
天井絵2
内壁の壁画のテーマは「最後の審判」。なんだか降ってきそうな錯覚におちいります
後陣
広場には彼の石造が築かれ、今も「作品」を見守っています ブルネレスキ5
ブレネレスキ4
地下室の入口近くにはブルネレスキの墓があり、フィレンツェの人々のブルネレスキへの高い敬意をみてとれる

ルネサンス期イタリア。
ミラノ、ナポリ、フィレンツェが威信をかけて半島の覇権を争っていたそのころ、一人の天才建築家が叡智を傾け、宿敵たちの策謀に屈することなく前代未聞の壮大な建築プロジェクト、
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の完成に取り組んでいたのであったという物語は次回へ乞うご期待??の程宜しくお立ち寄りください!!!
 

 【花の都と言われる所以】
このフィレンツェは、紀元前10世紀ごろの集落ビラノバに遡ります。都市として発展したのは紀元前10世紀からで、カエサル時代には「フロンティア」(花咲く)と呼ばれていましたので。いまでも花の都と呼ばれています。フィレンツェの古地図
古地図です。今現在も変わらないですね。羨ましいですね、日本はすぐに壊してしまいますものね!!!1890年頃のフィレンツェのドゥオーモの写真
写真
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